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フランス南東部が移動性高気圧に覆われ、北風の強まるとき、モンブラン一帯は雲海に包まれ朝を迎える。
ケーキの名の由来となったモンブラン。もし、ケーキ原作者がこの景色を目にしていたら、モンブランには、雲海を表す具材が追加され、今とまったく異なる外観になっていたかもしれない。
山の天気の気まぐれは、空を彩って人に感動を与え、嵐となり登山家の命を奪い、ケーキの形も変えてしまう。
東京の千疋屋に「いちごモンブラン」というのがあるが、朝焼けどきのモンブランにインスパイアされた品だろう。
一方、コージーコーナーの「抹茶モンブラン」は、モンブランのどういう状態を表しているのか、さっぱり判らない。今後、地球温暖化が進み、ここもやがて緑の森になるだろう、という警鐘だろうか。
笑顔と団らんだけでなく、環境破壊への憂いまでお茶の間に運ぶコージー。
登頂は、雪面の硬いうちに急斜面を通過できるよう、午前三時に山小屋発、七時に山頂、九時半に帰着くらいが理想的だ。
氷点下10℃での早起きはツラいが、次の景色を目の当たりにできるので頑張りましょう。
ただし太陽が顔を出した後は、クソ暑く、まぶしく、肌の老化がどんどん進行する。さっさとズラかろう。
地形は、積雪量によって多少変わるが、だいたい一定。
が、風が吹くたびに景色はどんどん変わるから、カメラをしまう暇がない。指が凍傷で落ちる寸前まで、抜かりなく撮りまくろう。
(撮影: Odyssée Montagne ガイド氏)
モンブランの山小屋の一つ Tête Rousse (テテ・ルス)。
標高 3167m というのが信じられないほど中は暖かく、快適度は穂高岳山荘なみだ。何時間でも居座れる。ごはんもうまい。トランプも置いてあって暇つぶしにも事欠かない。
クレジットカードが使えるのも驚きだ。重い小銭は下界で散在し、気軽におやつを買いまくろう。
山頂アタックの前夜は、ここ Tête Rousse か、または更に 700m 上の Goûter (グテー)に泊まることとなる。
他、雪原でテント泊という選択肢もある。山の中で愛人とねんごろになろうと計画しているなら、試みる価値がある。
実際モンブランの登頂は、朝、このような揺れるテントを尻目に雪道を歩く所から始まる。
標高の低い小屋なら、高度障害を受けにくく、設備も整っていてごはんは美味く、暖かく安眠できる。その一方、翌日の行動は四時間以上長くなる。起床も二時間は早めないといけない。
逆に標高の高い小屋は、寝苦しく、飯はバター米とベーコンという惨状だが、翌日の行動は短く済む。こういうのを朝三暮四という。
朝三暮四という格言は、「猿の餌を、朝三つ、夕方四つにすると言ったら猿が怒ったので、朝四つ夕方三つにすると言ったら皆大喜びした」という故事から来ているらしいが、ふつう猿は人間の言葉を理解しない。そして、夕方の餌の時間にマジギレされるから結局あんまり関係ないと思う。
我々が泊まったのは、標高の高い方にある Goûter。3817m だ。
じつは天候の関係で、麓の町からここまで、四日で二往復している。
富士山より高い標高。雪山装備での岩稜の上り下り。粗末な飯。言葉を解する点で、我々はまだ人間の特徴を留めているが、体臭や挙動は、次第に猿に近づいていく。
やや癖のある地元産チーズにも嬉々として跳びつくように。ウキウキ。
登山道が垂直になればなるほど興奮するように。ウキウキ。
山麓の Tour 氷河で、クレバス登攀。
たまたま見つけたこの壁は、平均傾斜70度、バーティカル(垂直部分) 5メートル、高低差25メートル。どこの絶叫マシンより面白い。どぎつい所をどんどん探そう。
氷河は、氷の塊みたいに見えるが、一応 "河" なので、目に見えない速度でゆっくり変形を続けている。ある壁を楽しめるのは、基本的にワンシーズンだけだ。毎年変わる地形。トルネコの大冒険なみに1000回遊べる。
時々つるはしが落ちていたり、失敗したらコンティニューできない点も、不思議のダンジョンとよく似ている。
低気圧の接近。地中海の水蒸気が、猛烈な風となってモンブランを越え、そこに傘雲ができる。
気温・湿度は急上昇し、生暖かい風が吹き荒れる。とても雪山で吹く風とは思えない。「この天気やばい」 と本能がアラームを鳴らすだろう。装備は、雨が降る前から湿気でグシャグシャになってしまう。
まもなく、雹(ひょう) や雷が襲ってくる。雨幕がすごい勢いで近づいてくるのが見える。巻き込まれたら1億ボルトの雷である。
猛ダッシュで下山を始めるが、どう見ても人間の数倍早く、みんな涙目。
やがて雨は雪に変わる。モンブランでの死亡事故は、この状況下での疲労凍死が大半を占める。
ガイド氏が、ある壮絶な遭難の様子を語ってくれた。
四人の若者が、視界不良でルートを見失い、ナイフリッジで進退窮まってしまった。温度低下とラッセルで、彼らは体力・気力とも既に尽き、脱出の術は無かった。吹雪で救助隊も近づけないまま日が落ちる。衣服はみるみる凍り、体は骨まで氷漬けとなった。
凍てつく体で、彼らは携帯を取り出し、家族に「怖い。夜が来る。死にたくない」とだけ電話して、そのまま息絶えた。
雨が雪に変わってサイレントナイト、という歌があるが、雪山では大惨事のサイレントになる。
フランス側の登山基地・Chamonix (シャモニー) からは、モンブランがよく見える。
コスモスの花畑、古風なロッジの風見鶏、教会の尖塔。いかにもヨーロッパなオブジェと一緒に眺められる。
「フランス行ってきました。アルプスも教会も風見鶏も、ヨーロッパのすべてを見ました」 的な、玉虫色の写真が簡単に撮れる。
でも、いやしくも登山が趣味なら、撮るだけでなく、ぜひアルプスに登って、おのぼりさんの中のおのぼりさんを目指そう。
一度でも日本アルプスに登ったことがあれば、ヨーロッパアルプスでデジャヴに遭う率は100%だろう。高山植物の色、植生、雲の現れ方、露岩の崩れ方など、とにかく似ている。
まだ今は、氷河の有無で識別できるが、今後温暖化が進めば、これも消えてなくなって、また世界にひとつ、目隠しして連れてこられたら識別できない場所が増えることとなる。
Dufton という小さな町から、大草原の里山を、Harwood まで歩く。(位置)
北イングランドの秋は、今ひとつすっきりしない空模様が何週間も続く。「女心と秋の空」 という格言も、鉛色からほとんど変化のないこの空に対しては、適切な表現とはいえない。
この格言は、移り気で予想しづらい様を嘆いているのだろうが、裏を返せば、これら二つはたまに晴れるということだし、イギリスよりは恵まれている。
この日は珍しく、青空が15分ほど顔を出した。雨男にしては上出来だ。
しかし、雲の絶妙な動きに遮られ、日が差すことは一度もなかった。快晴の予報を信じ、鈴木その子のように厚く塗った日焼け止めは、行き交う登山者を怖がらす以外、意味がなかった。
下山後 (夜) は、道路地図を読むためにヘッドランプを点けたままドライブして帰ってきたのだが、幽霊が運転席に座っているように見えたらしく、すれ違う車が、ことごとく蛇行して走り去っていった。トイレに行きたくなっても、ドライブインに入りづらい。
携帯トイレか、空のペットボトルも持って行くべきだった。
イギリスには、通行権 (Right of Way) という考え方があって、私有地であっても、その一部は、誰でも自由に通れるよう開放されている。このうち、徒歩または車椅子での通行のみ許可された箇所を、パブリック・フットパス(Public footpath) という。
フットパスは、イギリス全土を都心・郊外問わず網羅し、これ無くしてアウトドア活動は成立しない。多くの山が、個人の畑・放牧地に囲まれているためだ。私有地を横切らないと山に登れないのである。
ルート全体が放牧地の山域も多い。もちろん、牛の糞や馬糞が大量に落ちている。表面積に占める割合は、草40%、土30%、うんこ20%、その他10%くらいだろうか。
しかし人の嗅覚は、他の感覚より疲労しやすい (順応しやすい) ので、登山のような数時間に及ぶアクティビティでは、あまり悪臭に悩むことはない。
しかし、草に隠れていることも多く、踏まずに歩くのは不可能だ。
グループ登山なら一人残らず踏むので、踏んでも恥じる必要はないが、下山後、靴を洗う手段は確保しておかなければならない。さもないと車の中が大変なことになる。交通手段が飛行機なら、手荷物検査場と機内で異臭騒ぎが起きる。
日本で、柄つきタワシを仕入れていくと便利です。
糞だけでなく、その産みの親も多い。
プチ復讐を与えたくなるが、シープドッグが遠巻きに監視しているので、近づくと危ない。酪農家にとって、羊は金の卵だけれど、こっちはザコキャラという事実を受け止め、謙虚に泣き寝入りしよう。
道の真ん中に、牛がたむろっていることもある。
羊と違って近づいても逃げない。群れの中を通してもらわないと、どこにも行けない状況だ。何かの拍子に興奮して突撃してきたら、たぶん体がペラペラになる。
念のため、携帯をマナーモードに切り替え、赤いシャツは脱いでから通る。
羊の趣味は人間観察。物陰に群がって、登山者を遠巻きに伺ってくる。
奴らは眉毛がないせいか、表情を読みにくい。不気味で仕方がない。
「お、色っぽい姉ちゃんが歩いてきたで」
「たまらんなー」
「ぐひ、ひひひ、ぐひひひひ」
一日の行程を終え、次の町が見えてきた。イギリスの多くの町は、次の特徴を持ち、かなりドラクエ風。
霧向こうに町の灯りが見えるたび、すぎやまこういちの曲が、頭をぐるぐる廻りだす。
今夜は、海の見える丘で野宿。この選択肢はドラクエにない。
無料だが、宿屋と違って HP が回復する保障はない。逆に、野犬とかに襲われてダメージを受ける可能性もある。
薬草は持っておらず、呪文も使えないので、駄目だったら救急車を呼ぶことにしよう。
ドラクエで、宿屋に無料で泊まれる状況というのは、たいがいイベント発生のフラグである。就寝中に魔物が襲ってきたり、目が覚めたら魔界にワープしていたりと、ろくなことがない。
念のため教会を訪ね、冒険の書に記録してから就寝。
人生に電源ボタンはあるが、リセットボタンは無い。
ドラクエのように、リセットボタンを押しながら電源を切ることはできないが、そもそも電源は切らない方がいいと思う。
コーンウォール・デボン海岸のトレイル。(位置)
大西洋を臨む断崖絶壁に沿って敷かれている。単調な景色の続きがちなイングランドにあって、かなり刺激的な部類だろう。
荒波、北風、鉛色の空、断崖絶壁に岬。
トレッキング中は、津軽海峡冬景色と西村京太郎サスペンスのラストシーンが、頭の中で延々と流れる。
11月なのに、タンポポが咲きまくっている。
冬に刺身を食べるとき、乗っけてあるタンポポをどこでパクってくるのかいつも不思議に思っていたが、デボン直輸入だったらしい。
デボン海岸には、季節感溢れる小物がたくさん散らばっている。
枝先で、隠れる気ゼロで越冬を始めたエスカルゴ。天敵に尽くす気満々だ。少しは危機感持った方が。
朽ちかけたキノコが、朽ちかけた切り株に根を下ろしている。
ここまで干からびると、鍋の材料というより、漢方薬の一種に見える。
直径 7cm のキノコも、地面に這いつくばって撮ると、超巨大に見える。被写体の意外な側面を、創意工夫で切り撮る。写真の醍醐味だ。
しかしここら一帯は、家畜の糞だらけなので、撮る前に15分かけて木の枝を二本探し、更に20分かけて、糞を一つ一つ除去しなければならなかった。
映画や絵画といった芸術作品は、傑作であればあるほど、制作過程が凄惨を極めると聞くが、ここまで食欲の失せる話とは思わなかった。
ヤギが放牧地に刻むトレイル。血管のような模様だ。本能に刻まれたパターンなのかもしれない。
人間も、無意識下での行動が、実はどこかの器官と同じパターンを描く、といったことはないだろうか。個人的には、酔っぱらうと指紋のような道順を描いて帰宅してしまうけど。
惹かれる異性同士、鼻と鼻をくっつけるのが好きなのは、人同様。
しかしこの直後、飼葉の奪い合いが始まる。愛の証と思わせて、油断を誘う作戦だった。ひどい。
そして雌馬は、喰うだけ喰ったら、もっと体と股間の大きい他の雄馬に寄り添っていった。見てられない。
日没の時間帯は、別名「逢魔が時」 という。
視力が衰え気温が下がり、身体能力=外敵からの逃走能力の低下するこの時間帯は、多くの動物にとって、恐怖のひとときである。敢えて外出を試みるのは、人間だけだ。
理性だけが理解できる美しさ。馬畜生には分かるまい。
雲海、夕焼け、地吹雪、不毛の岩稜…。外敵からの回避能力が制限されるおそれのある環境や、自分の体に苦痛を与えるかもしれない要素を含む光景に、なぜ人は立ち向かい、そして感動するのだろう。
たぶん答えは です。
馬にしてみれば、致死率を高める行為を嬉々として実行する我々こそ、理解に苦しむと言いたいだろう。
でも楽しいんだから飛んだっていいじゃない。人間だもの。
ヨーロッパは、物価高いくせに、スカイスポーツ系は安い所が多いので、ぜひトライしてみてください。五人くらいで飛ぶと割引も受けられてお得ですよ。→ イギリス・スカイダイビングスポット一覧
イングランド南東、ロンドンから車で約二時間の海岸線。白亜の断崖絶壁が美しい。しかし実態はヌーディストビーチ 有名な全裸スポットだった。ぜんぜん知らなかった。
トレッキング雑誌に「夏の思い出に最高のトレイル!!」と絶賛されていたので、騙されて巨大な一眼レフカメラを携え出かけたら、登山者は自分だけ。他は全員、バーベキューとか楽しんでて、全裸でソーセージを焼いている始末。刺すような視線を注がれる。死ぬほど気まずい。
登山なのに冷や汗しか流れない、ブラックジョークの国の夏。